日本における障害者後見トラブル

成年後見制度は、お金持ちの高齢者のものと捉える人が多いのですが、成年後見制度の利用者の4割は65歳以下で、知的障害、精神障害、高次脳機能障害などを持つ方々が利用しています。障害者の後見をめぐる惨状は高齢者後見トラブル以上に酷く、その実態を見て、「障害を持つ子を天国に一緒に連れていきたい」と嘆く親御さんもいます。しかし、それもできないわけで、障害者に関する後見の現実に向き合い、現状を打開していくしかありません。
以下、「何とかしてほしい」と後見の杜に寄せられた実際に起こった事例を紹介します。
「成年後見制度の落とし穴」著者 宮内康二 発行元 株式会社青志社

成年後見制度に狂わされた家族の人生

東日本震災の様子をテレビで見て、「親だからといって成人になった娘の、例えば保険の請求ができるわけではないことを知り、知的発達症の娘の後見人にならないといけないと思った」というお母さんがいました。
娘さんのこととなると猪突猛進で、自分で裁判所へ行って手続を取り、34歳の一人娘の後見人になりました。
後見人になったものの、特に何かできるようになったことはなく、年1回、裁判所に娘さんの財産目録と収支を書いて出す面倒だけが増えました。当の娘さんは、朝8時25分に家を出て、歩いて自分が勤務するクッキー製造工場へ行って働き、決まって15時45分に帰ってくる生活を続けています。
そんなある日、裁判所から、「後見制度信託か後見監督人か追加の後見人をつける」という連絡があったようです。ご相談を受けたので自宅へ伺うと、娘さんのためにかなりの金額を貯めてきたようで、これを裁判所が問題としたのです。
不必要と思われる措置は一切不要ということで、「信託も監督も追加の後見人も要りません」と跳ね返したところ、34歳の娘の意見を聴くことなく裁判所は比較的若い弁護士を後見人に追加してきました。
この弁護士は本当にとんでもない輩で、「娘さんが、私の事務所に300万円もってきた。お母さんに取られてしまうから預かってほしいと頼まれた」というありもしない報告を裁判所にしていたというのです。
お母さんは、「そんなことができるなら後見なんていらないでしょ」と激高したところ、別の弁護士が監督人としてついてきて、「あの弁護士後見人の言動については私に免じて許してほしい」とファックスをお母さんに送ってきましたが、なにゆえ、見知らぬ弁護士監督人に免じてウソつきの若い弁護士の虚言を許さなければならないのでしょうか。娘名義のお金があるからいけないと考え、他例に従い、生活費を清算することにしました。
お母さんと一緒に生活費の清算資料を作り上げるまで2週間ほどかかりました。
清算資料を作る過程で、引っ込み思案な娘さんに社会性をつけさせようと、小さいときから小旅行にたくさん連れて行ったこと、小学校のころ公文の通わせたこと、電車通学となった特別支援学校に自力で通えるかどうか心配だったので1週間だけ一緒に行ったものの2週目から自力通学ができたことなどを伺いました。
ある水を飲み始めたら体が強くなったようで病院知らずになったこと、最近は化粧品に興味があるようで一人でドラッグストアに行き自分で好きなものを買って帰ってくること、歌を歌うのが好きなことなども伺いました。
お金については、20歳から34歳までの14年間の収入総額は2268万4812円、支出総額が3501万6274円、収支の差額はマイナス1233万1462円となりました。この差額がありながら娘さんの名義の口座には2千万円を超える預貯金がありました。
それは、収支マイナス分の1233万+現在の預貯金2千万=3233万円以上を親御さんが娘さんに立て替えて工面してきたのです。通常なら、「生活費、家賃、旅行代などは親として払ったから清算しない。貯金は子供のためだからそのままあげる」でよいのですが、後見制度を使う以上、この収入の範囲で生活するものと考え、親からのお金を回収しないと裁判所の良いようになってしまうのです。
その後、この件を担当する家庭裁判所支部の担当裁判官は、新たに弁護士を後見人に追加してきました。
新しい弁護士とまた闘わなければいけないのかと思ったのか、気丈なお母さんでしたが、持病もないのに路上で帰らぬ人になってしまったのです。ある火曜日に会い、また金曜日に会おうねと言って別れた私は、その間の木曜日に亡くなったという連絡を受け、途方に暮れるとともに後見人、監督人、裁判所に心底ムカつき、その感情は今なお持ち続けています。

後日、ご自宅へ伺いお母さんの日記を読ませていただきました。「後見制度はオレオレ詐欺みたい」、「若造後見人に、あなたのやったことは犯罪、旅行も水も無駄遣いだからやめろと言われた」、「このままじゃストレスで死んでしまうよ」という類の文言がノート3冊に書きなぐられていました。そして言葉の通り、本当に成年後見制度でお母さんは命を落としてしまったのだと思います。
障害を持つわが子の通帳を没収され、名義を書き換えられ、犯罪者呼ばわりされる親のストレスは私たちの想像をこえたと思います。
お母さんは、ビラを作って、成年後見制度のひどさを同じ障害者の親御さんに知ってもらうためのセミナーを開いていました。お母さんの悲痛な気持ちが表れている「成年後見制度に狂わされた人生」というチラシの文言の重さ、どうぞ感じ取ってください。
奥さま(お母さん)亡き後、80歳になるお父さんは娘さんと二人で暮らしています。慣れない味噌汁を作り始めたようですが、娘さんの口に合わないのか、汁だけ吸って具は食べてくれないようです。